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第3章 聖なる石と空の十字架




「――さあて、どっちに賭ける?」
「って賭けになんのかよ? 今まであの条件で戦士長から一本とれたのって、ヴィンスくらいなもんだろ」
「いやいや、確かジェフもとってたと思うぜ。あとは……記憶にねえな」
「オレは敢えて東洋の神秘に賭けてみたいけどなあ。あの新入り、見た目より根性あるし」
「故郷じゃ姫君を守る騎士だったんだろ? いいとこまで行きそうな気はするぞ」
「つっても、地力の差がでかすぎだぜ」
 ――周囲では、賭けが始まっている。
 普段娯楽の少ない海上生活だけに、スリルが味わえる機会は逃さないのが海賊たちだ。
 無遠慮な評価よりも、白雪の意識は、目前に迫った勝負に向いている。
(正攻法では勝てない。勝てる要素がない)
(なら、どうすればいい――)
 父の教えを、頭の中で次々に思い浮かべていく。
 御庭番衆の一族に伝わる戦い方は、こういうふうに一対一で剣を交えることは前提にしていない。死を覚悟して戦うことよりは、うまく時間を稼いだりして、無傷で逃げるか仲間の応援を待つ戦法が主だ。巫女姫を守護する者が死んでは、お話にならないからである。
(でも、父上はお強かった)
 ――同時に浮かんでしまう面影と、それが生む切ない痛みを、白雪は心の奥でどうにか握り潰した。今は感傷にひたっていい時間ではない。
 木剣を握り直し、ゆっくりと顔を上げる。
「覚悟は決まったか?」
「……はい」
 獰猛な笑みを浮かべたダリウスへと、小さくうなずいてみせる。
 その様子がどうも頼りなげで、今さら萎縮さえしているように映ったらしい。
 あざやかな紅の髪を夜風に遊ばせたダリウスは、警戒する猫みたいな白雪を、ぱたぱたと手を振ってなだめた。
「あんまビビんじゃねえよ。手合わせで殺したりはしねえから」
「……はい」
 もう一度、小さくうなずいてみせてから、白雪はダリウスと向き合う。
 ダリウスがうなずき、半身を引いた刹那――空気が、温度と重さを豹変させた気がした。
 甲板の上が、一気に静まり返る。酔った海賊の声も、妖精の鳴き声も、ジョッキをぶつける音も途絶えて、風と波のさざめきだけに支配される。ぴりぴりとした緊迫感が、痛いほどに肌を突き刺した。
 予想を超える凄まじい威圧感に、白雪は思わず顔をこわばらせる。
 ――一本とれたというヴィンスとジェフリーは、よくこんな相手に踏みこめたものだ。
 ダリウスは簡素な木剣の他は何も装備していないのに、まるで重装備の鎧武者と向き合っているかのようだ。さすがは海賊船の戦士長――もっとも攻撃的な役職の男だ。
「そっちから来ねえなら、俺から行っちまうぜ?」
「!」
 すっかり引け腰になって見える白雪へと、ダリウスがつまらなそうに言った直後。
 鋭い斬撃が、落雷のように襲いかかってきた。
 頭上に木剣をかざすことで受け留めたはいいが、イヤな軋みに耳を穿たれる。ダリウスの膂力が強過ぎて、木剣が真ん中から折れかかっているのだ。腕の骨さえ折れそうな衝撃に、ぞっとする。白雪はいったん間合いをとった。
 ――が、すぐに距離を詰められてしまう。
 今度の攻撃は、無理して受け止めずにかわした。このままでは身体がもたない。
 右から、左から、時には頭上から迫りくる攻撃を、白雪はときどきよろめきながら紙一重でかわしていく。まともに喰らおうものなら、身体ごと吹っ飛ばされていただろう。
(わかってはいたけれど――凄まじい遣い手だ)
(才能に溺れず、実戦で鍛え抜かれてる)
 ずば抜けた長身なのに、大柄な人間にありがちな鈍重さには程遠い。無慈悲なほど正確に急所を狙ってくる太刀筋は、恐ろしいのひと言に尽きた。
 しかも左手で――お遊びでやっていて、これだ。ダリウスが利き手で、そして本気で戦ったら、どこまで凄まじいことになるのか。今は考えたくもなかった。まるで絶望的な光景しか浮かばない。
「ッと――!」
 なんとかして再び間合いをあけ、はずみはじめた息を整えようとしたとき、ダリウスの肩越しにアレクが見えた。ランプに照らされたその表情に、ぎくりとする。
 青い隻眼にたたえられた、冷静な光。
 口元には薄い笑み。
 単調な攻防に、そろそろ飽きが見え隠れしはじめたダリウスの表情とは違う。「大丈夫かよぉ」「駄目だろ〜」などと、はらはらしながら白雪の動きを見ている、他の海賊たちとも決定的に違う。まるで、白雪の次の動きを心待ちにしているかのようだ。
(アレク船長――まさか、気づいてる?)
 傍目にはへっぴり腰で紙一重の防御を続けている「ようにしか見えない」はずの白雪の、本当の狙いに。
(いや……『まさか』じゃない。あの人なら、きっと気づいてる)
 屈辱が、口の中に苦い味となって広がった。出逢って間もない異国の海賊――しかもあんな腹の立つ男に、自分の考えをきっちり見透かされているなんて、悔しい以外の何者でもない。
 ひりつくようなその感情をねじ伏せられたのは、視界の端にダリウスの影がさしたからだ。
 一瞬で意識を戦いに引き戻し、白雪は、ダリウスが後方に大きく腕を引いたときを捉える。
 狙っていた瞬間だ。
(――今!)
 板床につんのめる寸前まで体勢を低くして、弾丸のようにダリウスの懐に突っ込んだ。
 数歩の距離を、ひとっ跳びで詰める。
 それまでとはまるで速さも切れ味も違う動きに、見ていた海賊たちが驚きの声を発する。大振りの一撃をかわされたダリウスの金色の瞳もみはられる。
 白雪はその隙に喰らいつくようにして、真下から腕を走らせ――
「……ッ!」
 必死で突き出した木剣の先は、白雪の計算を外れて、ダリウスの紅髪をわずかにかすめただけに終わった。
 攻撃そのものは悪くなかったのだが、戦士長のおそるべき反射神経が、白雪の速さを上回ったのだ。直後に、白雪の木剣ははじかれて宙を舞う。
 カラン――と乾いた音を響かせて、甲板に木剣が落ちた。
 負けを突きつけられたとたん、肩にがっくりと緊張性の疲労がのしかかる。
 白雪は唇を噛んだ。寸前でかわした戦士長にではなく、最後で詰めをあやまった自分の甘さが口惜しい。
「なるほどな」
 彼女の喉元に、木剣の先を突きつけたまま、ダリウスがひとつうなずいた。
「ヘタレな身のこなしで俺を油断させといて、攻めが雑になったところを狙ったか」
「…………」
 白雪が無言で肯定すれば、ダリウスの口の端が、にっとつり上がる。
 獰猛な印象ばかりが強い男だが、白雪の小ざかしい戦い方を不快には思っていないようだ。むしろ楽しそうにさえ見える。
「頭の使い方は褒めてやるぜ。海戦では、そんな悠長な戦い方はしてられねぇけどな」
「――そうですね」
「最後の攻撃は、もうちっと脚のバネがあったらイケたかもな。それに、バテて本来の速さが出てなかっただろ?」
 ……さすがに、よく見抜いている。
 緊張の連続のせいですっかり上がった息を整えながら、白雪は神妙に聞く他ない。
「でも、悪かねえ内容だったぜ。剣腕ではヴィンスには負けるし、ジェフほど運動神経に恵まれてるわけでもねえが――おまえは目がいい。ちびっこくて可愛いくせに、鋭い刃を隠してやがる。おまえ、もっと強くなれるぞ」
 くしゃりと頭を撫でられる。
 向けられたダリウスの笑顔は、迫力のある傷顔だということを忘れさせるほど晴れやかで、白雪は不意をつかれた。「もっと強くなれる」という言葉にも、胸が疼く。
 強くなって父の役に立つことは、白雪の小さい頃からの切ない願いだったし――今でも捨ててはいない想いだ。思わず本気で訊き返してしまう。
「――強くなれますか」
「俺が保障してやるよ。まずはもっと喰って背ぇ伸ばして、体力をつけることが先決だがな」
「こ、子供扱いしないでください」
 むっとして切り返せば、場に残っていた緊迫感が、ふと消える。
 戦士長が新入りの実力を認めたのだと理解すると、固唾を飲んで見守っていた海賊たちは、祝福するようにざわめきだした。
 まずは賭けの結果をめぐって、わあわあと騒ぐ声。
 そして白雪の健闘を称える明るい声がわき、ジョッキのぶつかる音が次々に響く。
「いやぁ、思ったよか今のはいいセン行ってたぜ。可愛い面して、やるじゃねえか」
「そだなー。賭けに負けてもイヤな気分じゃないわ」
「にしても惜しかったなぁ! もうちょっとで戦士長の肩にイケたのに」
(……褒められてる?)
 自分のしたことが「だまし」だという自覚はあったので、不興を買う可能性も案じてはいたのだが、海賊たちの反応がなごやかなのを見て、白雪は胸をなで下ろした。ワインやラム酒がだいぶ回って、いい気分になったせいかもしれないが。
 するとダリウスが、再びこちらを振り向いた。
「一本はとれなかったが、敢闘賞をやるぜ。何か欲しいものがあれば言ってみな」
「欲しいもの?」
「今、この船で用意できるものに限るけどな。つまり、酒や略奪品の何かってのはアリだが、女が欲しいと言われても無理だ」
 と言われても、酒にも宝にも興味はない。もらったところで処理に困るだけだ。
 けれど「何もいらない」なんて空気を無視した返事をしてしまうほど図太くはなく、白雪はダリウスを見上げたまま、しばし悩む。
 そのとき、ふと脳裡で小さな火花のようにはじけたのは、金髪隻眼の船長の姿だ。
 白雪の計算を見透かしていた瞳を思い出すと、言葉がするりと唇から離れていた。
「それなら――アレク船長に、挑戦させていただけませんか」



 ――酔漢たちの喧騒が、しんと鎮まった。
 白雪の、挑発的にさえ思える申し出は、海賊たちにはひどく意外だったらしい。
「挑戦って――そいつは、剣の勝負ってことだよな?」
 気前よさげな笑みを浮かべていたダリウスも、とっさには彼女の意図をつかみかねたようで、微妙な顔になった。
「なんぞい、ちびすけ。どういうつもりだ?」
「別にそんなに深い意味はありません。ただ、わたしが仕える方はどれだけ強いのかを、肌で知りたくなっただけです」
 正直に答えれば、ダリウスはそれは一興と言わんばかりに目を細める。
「意外とおもしろいことを言うな」
「欲しいものを、と言われましたから。海賊らしく、遠慮なく言ってみました」
「ははッ、違いねえや。――船長! そういうこったから、このちびすけと、ひとつ手合わせしてやってくれないか」
 豪快に笑ったダリウスにつられて、白雪も、視線をアレクのほうへと流す。
 場のほぼ全員の注目を集めても、アレクは毛ほども動じていなかった。
 半ば空になったラム酒の壜を索巻き機の上に置き、いかにもやる気がなさそうに金髪をかき回しながら、半眼でうなる。
「面倒くせぇな。せっかくいい気分で酔ってたのに」
「つれねぇことを言いなさんなよ。今日のつまらん『お仕事』じゃ、俺たちもあんたの剣を見損ねたしな。たまには船長自ら、楽しみを提供してくれたっていいだろ? 酔ってるくらいはいいハンデだ」
「――え」
 予想よりも早い展開に、白雪はあわてた。
「待ってください戦士長。わたしは、別に、今すぐここで挑戦したいとは――」
「そうだったのか? ――でもてめぇらも、ここまで来たら、もうひと勝負見たいよなぁ?」
 白雪にシャツの袖を握られたダリウスは、憮然としてなりゆきを見守る海賊たちへと大声で呼びかける。
「おうよ! そういう余興なら大歓迎ですぜ」
「もう一度賭けができるんなら、今度こそオレが勝つし!」
「さあ、どっちに賭ける?」
 再び盛り上がりだした海賊たちを前にすると、白雪もそれ以上、ぐずぐず言えなくなってしまう。もともと、こういう空気は苦手というか、弱い。
 そこへアレクが言った。
「――仕方ねえな。ダリウス、それ貸せよ」
 ダリウスの手を離れた木剣が、くるくると回りながら宙を舞い、アレクの手におさまった。
 その後方には、固い表情をした船医が見える。
(クリス先生に……野蛮な娘だと思われてしまったかな)
 想像すると落ちこまないでもないが、近づいてきた足音が感傷を切り落とした。
 やる気なさげにのたまいながらも、アレクは意外と軽い足どりで、白雪のすぐ前までやってきていた。目が合うなり、すっかり見慣れた感のある性悪な笑みを見せつけられる。――どうやら彼なりに、この降ってわいた状況を楽しむ方法を思いついたらしい。
「なかなかおもしろい座興を思いつくな、おまえ」
「わたしは大まじめです」
 ――以前から、気にはなっていたのだ。
 この若き船長が、実際どれほどの男なのかと。
 いつも船の上で出す指示はソツなく的確らしいが、船乗りとしてはまだ素人同然の白雪には、アレクの優秀さがいまひとつ理解しにくい。だが武人としての強さなら、小さい頃から男がするような鍛錬を積んできた白雪にも、彼の凄みを測りやすい気がしたのだ。
「ダリウスと同じ条件でいいよな?」
「無論です」
 気の強いまなざしで見上げられたアレクは、茶化すみたいに肩をすくめた。
「で? 俺が勝ったら、何かもらえるのか」
「――わたしは元から、あなたのものでしょう?」
 白雪にとってはまったくもって不本意な事実だが、それでも反撃材料にはなると思って口にしたのに、ふてぶてしい性格のアレスは微塵も引く様子はない。忌々しい男だ。
「違いない。――それじゃ、いつも俺から奪うのもなんだし、たまにはおまえのほうから捧げてもらおうか?」
「わたしから?」
 いやな予感しかしない言いように煽られ、木剣を握る手につい力がこもる。
 にやりと笑ったアレクは、すれ違いざま、彼女にだけ聞こえる声で続きをささやいた。
(え……? な、なんなのそれは――)
 ささやかれた内容があまりに予想外で、硬直してしまう白雪をよそに、見物人となった海賊たちの興奮は激化しっぱなしだ。
「アレク船長の剣技が見られるとはラッキーだなぁ」
「って言っても、相手はあのちびすけだぜ? さすがに本気は出さねえだろ」
「いやいや、戦士長相手にあんだけ粘ったんだし、新入りだって根性見せると思うよ」
「根性でどーにかなるん? だって船長は――」
(――船長は……?)
 気になる続きは、ざわめきの中にまぎれてしまう。
 ともあれ――対ダリウスの作戦がもう使えないのはわかっているし、使う気もなかった。
 今回は正攻法でいい。アレクの力量を知りたい、という好奇心を満たすのが目的だから。
 呼吸を整えた。体力は回復した。
(それに、戦士長よりはマシなはず)
(この船で一番強い人が『戦士長』に決まってるのだろうし……)
 ある意味タカをくくっていたのだが、それはアレクと対峙した途端に、間違いだと思い知らされる。
 ことさら力が入っているようには見えない立ち姿なのに――奇妙に隙がないのだ。
 どこから攻めればいいのか決めきれず、こめかみにじわりと浮いた汗は夜風にさらわれる。
(――でも)
(あんな『条件』に黙って従う気はないって、それだけは示さないと)
 意を決して、白雪は踏みだした。にらみ合っているだけでは埒が明かない。とにかくアレクが動けば、動かせば、そこに隙が生まれるかもしれないと信じて。
 あえて真正面から、思いっきり斬りつける。
 アレクの木剣が白雪のそれを防いだ、と見た瞬間に懐にもぐりこんで、みぞおちへと肘で当て身を穿とうとする。が、その寸前にアレクのてのひらで軌道をそらされた。続けざまに、木剣の柄頭であごを突き上げてやろうとするが、それも無造作にはじき返されてしまう。
 ――攻撃のすべてが、あらかじめ読まれていたかのように迎撃される。
 鋼鉄の壁を相手に、虚しく木剣を打ちつけているかのような心地だった。焦りが、白雪の表情を固くする。
 対照的に、白雪を見下ろすアレクの口元には笑みがある。
「降参か? もっと俺を楽しませてみろよ」
「……言われずとも!」
 安い挑発に応えたわけではないが、白雪は持てる技を駆使して、体勢を立て直した。
 ――もう一度!
 そう思い、決死の覚悟で踏みこんだ刹那――青く燃える隻眼に、至近距離から射抜かれた。
 いや違う。
 漆黒の眼帯の下からも、刃のような鋭い視線と、何か得体の知れない力の気配を感じ、白雪は思わず凍りついた。
(左目が――あるの?)
 てっきり、戦場で損なわれたのだろうと思っていたのに。
 実は普通に見えるのか、ではどうして隠すのか――その思考に捕まった隙を、アレクは見逃してくれなかった。返す一撃が、白雪の脇腹を狙ってくる。
 おそらくそれは、白雪を転ばせる程度の狙いだったはずだ。しかし、とっさのことに踏ん張りそこねた白雪の身体は、盾にした木剣ごとはじき飛ばされ、周囲で見守っていた海賊たちの壁へと背中から突っ込んでしまう。
「……ッあ……!」
 そのまま甲板へと崩れ落ちかけ身体を、誰かに支えられた。
 ――フィロだった。
 数匹のケット=シーたちとともに、白雪の身体を受けとめてくれたようだ。
 しかし、澄みきった紅玉石の瞳はあいかわらず無感動で、今この状況をどう考えているのかがさっぱりわからない。
「あ……ありがとう、ございます」
「最後、気抜きすぎ」
 白雪に言葉の矢をぐさりと突き刺しておいてから、フィロはアレクへと視線をすべらせた。
「船長。やりすぎ」
「悪いな。予想より吹っ飛んでったから、俺も驚いた」
「本気?」
「なわけないだろ」
性悪な船長らしく、しゃあしゃあと腹立たしいことを言ってくれるが、今の白雪は怒るどころの状態ではなかった。
(今……最後の――船長の左目から感じたのは)
(なんだったんだろう)
 決して見てはいけない秘密の部屋を、のぞいてしまった。そんな冷たい不安感に襲われる。
 動揺していることを悟られたくなくて、白雪はアレクから視線をそらした。
「――イアン翁!」
 白雪が完膚なきまでの敗北が悔しくて視線をそむけたものと思ったらしく、アレクは彼女から視線を外して声を張った。
「休憩はもう十分だろ? また一曲頼んでいいか」
「そんなデカい声で怒鳴らんでも、聞こえるわい」
 一曲で済むはずがないだろうにと、そんな大声で愚痴っていいのかという声量でのたまってから、老楽士イアンが弓を構える。
 海賊たちは「船長、容赦ねえな……」「でもさすがだぜ」「新入り、度胸あるぜ。オレだったら戦わずに降参してるよ」などと未だにざわめいていたが、イアンが奏でる陽気な音楽にだんだんと引きこまれると、もとの祝宴らしい喧騒を取り戻していった。
 白雪もすぐに雑用に駆り出されたが、手合わせの前にアレクにささやかれた「条件」や、彼の隠された瞳のことばかり考えてしまい、いくつかとんでもないミスをしでかしてしまった。さんざんな夜だった。


2010.08.24. up.

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